2008年11月 1日 (土)

観世音菩薩

「観」はみる、ただ見るのではなく、よく観るのです。
「世」は世間の世であり、世の中の意味です。
「音」は衆生の悩みや苦しみの声とか救いの音声であり、世間の私たち衆生の苦しみや
救いの声を聞きつけて馳せ参じてくださる菩薩様ということです。

観音様は無相であり、無我であるから宇宙のあらゆるところに縦横無尽、
円融無碍(えんゆうむげ)に現れることができます。
心に障碍、執着、わだかまりがないから自由自在。そこで観自在菩薩ともいわれるわけです。

このように説明されていた。
日本は仏教の国、なのに知らない事が多過ぎる。
とにかく、観音様は私たちにとってとても身じかな菩薩様なのである。

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2007年10月23日 (火)

涙のわけは・・・

昨日は滅多に無い貴重な時を過ごせた。

お寺のご本堂の修復の為に、普段は目にする事が出来無いご仏像を数日間だけ拝見させて頂けるという。
またと無い機会をお知らせ頂きお邪魔した。
生憎奥様はお留守でお話を伺う事は叶わなかったが、
ひと所に納められたご仏像をお参りすることができた。

そのお部屋には大小あわせて六十体余りのご仏像が仮に安置されていた。
お参りをして、後ろへ退いて正座した。

眼を閉じていると何かが私の心に沁みてきて、涙が頬をつたわっていた。
何の涙なのか?
何なのか言葉で言い表せない、まさしくなにかだった。
強いて言うならば仏様の気だったのかも知れない。
仏様の強くて優しい穏やかな気が私を包んで下さった、そう感じた。

生まれて初めてのこの体験を、今後大切にしていきたい。
きっと今の私にとても必要な体験だったのだろう。

大小、新旧のご仏像の中でも特に引きつけられた三体のご仏像があった。

佐藤朝山(玄々)作の釈迦如来像、加藤こうぎょう作の釈迦如来像、
そして大きな木製のお地蔵さま。

凛とした表情の中に気品と優しさがあり、心惹かれた。

佐藤朝山(玄々)のプロフィール
相馬の仏師の家に生まれる。山崎朝雲に師事、さらに1922年渡仏しブールデルの下で彫技を学ぶ。
1936年帝国美術院会員。晩年は京都妙心寺にアトリエを構え、仏教彫刻や小動物彫刻を数多く手掛けた。1940年『和気清麻呂』像(竹橋、皇居付近)や約10年の歳月を掛け1960年に完成された『天女(まごころ)』像(日本橋、三越本店)で有名。


作者(仏師)については今日、奥様に教えて頂いたが、中でも一番気になっていた釈迦像の作者、
佐藤朝山師の作品に惹かれるのは、動物彫刻を手掛けていたからかと思われた。

心の栄養を養った昨日、本当に有意義な日となった。
この機会を下さったお寺の奥様に感謝している。


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2007年7月12日 (木)

極楽浄土の花

明日は盂蘭盆会。

東京では7月13日が盆の入り、この日の夕方迎え火を焚いて仏様をお迎えする。

一日早いがお墓参りに行ってきた。
お寺の山門をくぐると何時も凛とした気持ちになる。

手が行き届いた境内はそこに立っただけで心落ち着く、そして線香の香りがそれをいっそう深いものにしてくれる。

何時もの様に墓石を綺麗にしご先祖様にお参りして、
手桶と雑巾を洗おうと水場に行くと、「蓮の花が咲き始めました」張り紙がしてあった。

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「大賀蓮」
人が入れる程の大きな鉢いっぱいに蓮が鮮やかな翠の葉を延ばしていた。

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残念な事に花は蕾と咲き終わったものだったが、その美しさは充分に伝わってきた。
これは大賀蓮という古代蓮だと教えて頂いた。

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散った花びらの色が葉に溜まった雫を薄紅色に染めていた。

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この写真は「茶碗蓮」の蕾。

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睡蓮の花も咲き始めていた。

仏教では釈尊が蓮華の上で瞑想する絵が描かれ、極楽浄土の象徴とされる蓮の花。

花言葉は「雄弁」「休養」「沈着」「神聖」「清らかな心」「離れゆく愛」とか。

ご先祖様の供養をし美しい花を愛でた日、心にたっぷりの栄養がいきわたった思いがする。


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